苦しみと幸せ
子供が9歳と12歳の時に離婚を経験しました
警察に保護され
元の主人から自分たちの所在を隠すために某福祉施設に10日程お世話になりました
その10日のうちに裁判の申し立てを行い
申し立てしている隙に誰も知らない
知っている人のいない土地に転居しました
裁判は勝訴、元の主人は抗告しましたが高等裁判所は棄却しました
ボロボロで自宅に帰宅しようとすると嘔気が出現していたことを思い出します
もう10数年前のことで思い出そうとしなければ断片的にしか思い出さないですが
8~9年程は苦しみました
相手を悪く言うのは良くないですが
仮に相手が加害者として
その加害者と言うのは加害を忘れてしまうものなのか
裁判に出す相手の書面の内容と言うのはとんちんかんな内容でした
高等裁判所は棄却
棄却文は私を救ってくれました
あれから10数年経ちます
色々なことがありました
離婚後、様々な問題の遭遇すると子供のこと、家庭のことを同じ目線で考えることが出来るのは夫婦しかいない。。
強く思いました
それでも継続する事が不可能だった。。
相手は離婚するときに親権を要求しながら
私が慰謝料、養育費を請求しないと言うと
離婚に応じました
接近禁止令を出されていたにも関わらず
離婚後も私の所在を興信所で調べていました
それでも子供の成長、進学に関して一切子供にお祝いすることもなく。。
そんな感じだったのでどんなに辛かろうと苦しかろうと
また眠かろうと忙しかろうと淡々と生きる術を得てきたのだろうと思います
動くしかないのですから。。
生きることで精一杯
生きていくって大変なことだと思いますし
多くの苦悩の中で小さな幸せを大きな幸せに感じ生きていくのだと思います
欲張らず目の前にある小さな喜びを大きな喜びと感じることが出来れば幸せはつかめます
ちょっと考えることがあったので記します