以前勤務していた職場の同僚で人生の先輩ナースは先日70歳で現役引退しました
その人の批判ではなくひとつの例として考えることがあります
先日のブログに長男との関係をあげました
人の生活、背景には様々なことがあるもの。。
自分だけが特別に辛いのではなく
殆どの人が人生の中で辛いことを経験しながら生きていきますね
それでも自分が辛いとゆとりがなくなり物事を自分中心に考えてしまいます
この人生の先輩と一緒に勤務していた時に私は長男との関係に悩んでいた頃でした
色々、自分中心にこの人生の先輩ナースにお話を聴いて頂いていました
うんうん。。
と聴いて頂いて、、
それでもそのナースは時々
「上手くいかないってことは家庭に問題があるとよ!!」
なんてことを言いました
時々、意地悪な感情で言いたくなる性分で妬んだり人を認めない、、そんな人でした
でもあまり人に甘えない私はこの人には甘えることができます
若い頃は看護部長や病棟師長に甘えていましたが
年と共に人に甘えることが下手になりましたね。。
脱線です。。「家庭に問題があるとよ!!」この言葉は自分でも納得していることなので、
「そうなんですよね。。」
なんて返答していました(そうなんですよね。。も面白くなさそうでした(笑))
多分私にゆとりがなくて自己中心的でイライラさせていたのかもしれません
長男との関係性が良くなった数年前から現在にかけてあることを思う様になりました
いくら家族であっても人と人、みんな違う。。
相性や考え方や意見の相違、、
自分に都合の良いこと悪いこと
様々なことがある中で人は選択しながら生きていくのですね。。
長男が私を攻撃していた時期も長男なりの考え、性格、、
そして自分に都合が良いか悪いか。。
様々なことが絡み合って人と人の複雑な考えが絡み合うのですね。。
特に親子となれば
他人と比べると遠慮が少なく
他人に言わないことでも親子では言います
他人が知らないことも親子は知っています
絡みが強い程、拗れると修復が難しかったりもしますね。。
その絡みをほどくには中々な労力が必要です
私は、、お腹に力を入れて、自分に不都合な長男の様々なことを受け入れました
どんなことがあっても子供を見守り、批判をしないように
子供のことを理解しようと努めました
媚びるのではなく、長男は長男で自分の気持ちの処理が難しい状態のときに、長男の気持ちを複雑にさせては良くないと思ったから。。
例えば長男に何かあったときに長男に対して「わかるよ!」と私が言った場合
長男は「何がわかると?絶対わからん。」と私に言い返しました
こんな言葉を返す長男の心理を想像するとまだまだ距離は遠い💦
と思いましたね。。
ひとつひとつを意識しながらずっとずっと関わりました
ここ数年では長男は私に「懸命に生きた人生だよね。。」と言ってくれます
そんな事を言ってくれるだけで私は充分満たされます。。
こんなエピソードの他にも離婚に至る様々なことがあったのですが。。
こう見ると私の人生って💦と感じられる方がおられると思いますが
人生、みんな苦しむのですよね。。人間に与えられたものです
四苦八苦、生老病死。。
人は他人に起きたことは眉を顰めるけれど
誰だって様々なことが起こるのです
そんなことを知るのと知らないのでは捉え方が大きく異なると思います
先輩ナースは自分は子供たちに恵まれて良く育ってくれている。。
63歳頃までそんなことを言っていました
子育ての価値観についても現在と過去では考え方が異なっていることも多く、、
そんなお話にも批判的でした
そして、数年前から現在、その人は今までに経験したことのない苦悩に直面しています
自慢だった子供は50歳で精神的に病み、借金を背負い、病んだ子供の子供(孫)は県外の学校に通い、下の孫は登校拒否で夜遊び。。
先輩ナースのご主人の年金は10万ちょっと。。
これだけでも今の苦悩を感じます
年を重ねてから始めて経験する苦悩はかなり辛いのではないかと思います
若い時の苦労は買ってでもせよということわざがありますね。。
若い時の苦労は買ってでもせよとは、若い時にする苦労は必ず貴重な経験となって将来役立つものだから、求めてでもするほうがよいということ。
人と人との絡みや苦悩など、年を重ねてからでは体力的に辛い。。
徐々に様々なことに対して耐久性、免疫力を養うと負担も少ない。。と考えますね
あの頃の心労を今経験すると考えると今では耐えきれないと思います
久々に様々なお話をしてきました♬